一流のワインのソムリエは、常に一流のワインばかりに触れていることをご存知ですか。
有名な鑑定士も、いい仕事の古物ばかりに触れる一方、本物以外はできるだけ触れないようにしているといいます。
作家も同じです。
よい文章を書く人は常に読書好きであり、また一流の作家の本ばかり読んでいます。
なぜ一流の人は本物ばかりに触れているのかというと、偽物が現れたとき「何か違うぞ」という「勘」が働くようになるからです。
勘だけは、教科書から身につけられるものではなく、一流のものに触れて、感じて、体に染み込ませていくものです。
肌触り、雰囲気、ニュアンスや印象といったことは教科書からでは理解が難しく、実際の体験を通して身につけていくものです。
いつも一流といった本物ばかりに触れて、勘を鋭くさせているわけです。
人間としての「文化度」も、同じ原則が当てはまります。
食事のマナーがよい人や知識や知恵のある人は、いつもそうした一流の物事に触れている人です。
高級なレストランで逸品ばかりを口にしているため、品のある素晴らしい料理というものがどういうものなのかが分かります。
素晴らしいウエイターの対応を見ていると、二流のウエイターの対応を見たときに「どこがいけないのか」が瞬時に分かるのです。
見抜けるという素晴らしい洞察力があるわけではなく、単純に普段見ていることと違いますから、すぐ「おや?」と分かるのです。
「味が分かる人」「絵の素晴らしさが分かる人」といった文化の高い人たちは、はじめから能力があるわけではありません。
日ごろから高額のお金を払い、一流の作品に触れることで自分の感覚を高めることができた人なのです。
よい映画を見て感動すること、素晴らしい本を読んで視野が広がることは、それだけ自分の文化度が上がっているということです。
偽物が現れたときに「これは違うな」と分かるようになるのです。